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旧冬よりちょっと目がかすんできた。
年は一様に暮れ、老醜はわが身にも容赦なく近づいてくる。 年明け、地元の眼科へ出かけた。「間違いなく白内障です。でも手術はご自分で決断してください!」とのことであった。そちらが専門家だから先生の判断に従いますと答えたが同じであった。 ついでに「オマエノ眼ノ手術ハチョット難シイ」と言われた「?、それって?」「イヤ、手術スル以上ハ失明スルコトモアルノダカラ・・・」医師トシテ、伝エル義務ガアルノダ・・・」、と。 なにか自信が無いのかな~ソレトモ・・・と思った。 80%の人が罹るという病気だそうな。いたしかたないのかな~と思った。 1月18日。知人の勧めもあり検索で調べて博多の林眼科へ行くことにした。(親父も30年ほど前ここでお世話になったというし・・・) 白内障年間手術実績4千3百件 医師団17名、ほぼ国立大学卒。別途関連診療所5。 まあ驚いた!驚いた。巨大産業である。予約はしていったが人だかりである。まあ海水浴場なみか。9時に行き、正午過ぎまで8回も各部屋の前に待ち、コンベアーに乗せられたみたいに検査と問診を重ねた。 ![]() ![]() ⇑1Fで受付待ち ⇑ 2F 医師の診察室が両側に12室並ぶ 最後にカウンセラーが応答した。こちらにいかほどの誰何する間も与えず、手術の日取りが1週間後の1月20日(金)と24日(火)に決まってしまった 入院治療を強く勧められたが、下半身は大丈夫だから・・・と日帰り手術を選択した。 メモしようと思ったら、助手が居て後ろから間髪を入れず、日程を全部書いたメモを差し出した。嗚呼!このコンベアーシステムは・・・ナンタルチア! 手術マニュアル、手順、料金、同意書、留意事項など完璧である。 眼科の眼前にボケのオッサンが30万円持って現れた!これを逃す手無ないのだ!(ただし国が7割負担) 入院を強く薦められたが・・・下半身は大丈夫だから 博多シテイで映画を見る予定であったが眼底検査の投薬を受けそれどころではなく、早々に帰ってきた。 帰ってから眼鏡を変えてみた。検査のお兄ちゃんが「アナタノ眼鏡ハ、被膜・・・コーテイイングガ剥ゲテイル!」と言ったからだ。なんとちゃんと見えるではないか。 失敗!と気づいたときにはもうコンベアーは動き出していた。 [眼病のためパソコンにしばらくご無沙汰して、ご迷惑おかけし、申し訳ありませんでした
1月22日、全日本卓球選手権をみて興奮してしまった。前日の女子シングルスもそうであった。
高校2年から5連覇中の水谷は試合前のインタビューで「ワンセットも落とさずに勝って当然です・・・」と明言した。義務です・・とまで言い切った。プロの批評家の誰もが当然と予想した。世界ランク9位。オリンピック出場内定。万に一つの疑いもなかった。 これに対し、山口・野田学園高校3年、少なくとも我々程度のファンにとっては全く無名。ノッポ・178cmの吉村選手は「ここまで来たら当然優勝を狙います!」と誰が効いてもビッグマウスとしか取れない発言をした。 ドラマが始まる。 ![]() ![]() 蓋をあけると驚いた。恐れを知らぬ堂々とした試合ぶり!いきなり2セット先取。でもさすがチャンピオン。粘りで3セットオールに持ち込んだ。 ファイナルセットは当然のごとく10-7でチャンピオンシップポイントを握られた。☜水谷リーチ! しかし若者はひるまず攻勢に出た。ここからジュースに持ち込みこ、負けなしの5ポイントを連取してしまった。 あっぱれ!である。 勝った瞬間、長身を一層長く見せるかのように、フロアにごろりと仰向けになった。 国内無敵、5年間もチャンピオンを続け、最高に脂ののったはずの水谷の泣き崩れる姿とは全く対照的であった。若者恐るべし。 ![]() ![]() 9歳から日本選手権大会に続けて出場してきた福原愛。日本人世界ランクトップの座を長く保ってても全日本タイトルが取れなくて悔し涙を流し続けた愛ちゃん。13年目にしてやtっとタイトルを取った。違った意味で感動であった。今大会、小中学生の台頭が激しい! 若者が競い合へば中国に圧勝する日が来るのは近いかもしれない
1月18日、恒例のまあジャンに博多へいそ急と出かけた。
もと銀行員2人と第二の職場で一知り合ったもと公務員2人の組み合わせである。 ちょっとずつメンバーは変わったが第二の職場を辞めてからでも12年あまりの友好を重ねている。ちょっと異常かもしれない。 ![]() ☜20年余りになろうか、いつもここで手を合わせた 牛のお尻に触るのがゲン担ぎ!! その心は⇒鶏口となるな牛後でもよい! 天神東の水鏡天満宮の隣のTOMOでで午前10時、鍵を某所に隠しておいて、勝手に開けて入るのである。おおむねサラリーマンが来る午後5時ごろまでやってきた。 旧冬、雀荘が閉鎖となった。もう若い人が麻雀をしなくなってしまったのだ。ケータイ、スマートホン、PCなどのゲーム機へ取られてしまったのである。 今回からは北天神にんじんに場所を移した。 毎年の事だが一番几帳面なNさんが昨年の成績表を作ってきた。ちょっと公表しよう。 ☜千円単位、左側が日付 昨年は21日の興行した。回数で170チャンである。1チャン千円のショバ代金を払うので17万円也。 やはり座元が潤う。 イーブンであれば各人▲4万円が通常であるが小生は+4万である。一番負けたNさんが▲17万円で、一人でショバ代金を払ったことになる。 4人が虎視耽々の勝負事。その中で小生の6~7月に4回連続トップと言うのがある。これなど4分のⅠの四乗で、確率的には264分のⅠになる。 この表を見ると年間なので性格がよ~く判る。 勝つ人はあまり負けない この40年あまりずっと勝って来た。 この人!負けるのによくやるな~といつも思う。 コツ?・・・やはりいつも心を鬼に、かつ無心になることが大切である。 ♪ 勝と思うな!思えば負け~ヨ!勝負事だから仏心が出るとすぐ負ける。 勝ったお金は交通費に2万、阪急デパ地下でのウマカモンにほぼ投資 決算は差引ゼロ。 中国や東京の一部ではスポーツとして金を賭けないでやるのが流行っているそうである。最近福岡では女性の愛好家が多い。今度の新しい雀荘には早朝から4組もの人たちが来ていた。レートは安いそうだ。 歳をとったら雀のお宿でテーブルを囲み、チイ、チイーポン、ポン(パッパ)が良いのかもしれない!厚労省推薦雀荘にして! 少なくとも病院通いよりもグーだろう。17万円を医者に払うこともない。
1月17日、福岡市美術館に「レオナルド・ダヴィンチ・美の理想」というのを観に出かけた。
昔の九州百名山を愉しむ会の会員として一緒に登った仲間からの誘いであった。いまも年に一度ほど友好を温めている。もう10年もまえに解散し、山登りはほぼ引退した人ばかりである。 チケットはコンビニでは前売り券が取扱い中止のになっていたがJRチケット売り場ではOKであった。切符と同様の乗車券発券機から流れ出る 会場のレストランで落ち合ひ、食事、屈託のない男4人、女1人。エッツ!日本にあのレオナルド・ダビンチ(1452~1519)がやってくるの?と思っていたがやっぱり来てはいなかった それでも研究者たちは堂々とコメントを並べていたのが不思議である。 レオナルド・ダ・ヴィンチとその弟子たちのフレンチェ工房での作品(「紡錘の聖母」の習作など)でありまだ誰の作品かもわからないものばかりであった。 たとへばモナリザの絵がなんと15個もあったが皆模写作品ばかりが飾られていた。あのルーブル美術館が出すはずは100%無いのだから致し方ないであろう。それにしても模写品や贋作化もしれない鑑定不詳の作品でも堂々と識者の屁理屈を並べて展示、それを観に大勢の人たちがやってくるのだから不思議な現象である。 ルーブル美術館へも行ったので本物は見ているはずだが模写を見ているとどれもそれなりの微笑みをしている。模写を作った人たちも数百年前の人たちであろう。 出口の売店には人だかりが出来るほど売れていた。断シャリ中の小生は見向きもしない 飲み会まで時間があるので大濠公園併設の日本庭園へ久しぶりに行く。大濠公園を散策。午後4時、酒場はまだなので中華料理店で酒宴!登山で労苦をともにしただけあって10年たっても、話は尽きない。多弁の才女が会話の約半分を担当 3時間も飲んで食って話して!終わったのは7時をまわっていた。
1月12日、九州電力のトップ二人がやっと辞任した。なんともズルズル引き延ばした隔靴掻痒の辞任表明であった。
ご両人はまだ自分達は悪くなどない!何でオレが・・・と言いたげであった。反省してやめるどころか民主党の小童がなんだ!第三者委員会が何だ!悪いのはそちらだ!と確信していらっしゃるような記者会見であった。これは東京電力とまったく似ている。巨大化した電力会社幹部連中の感覚の現実であろう。 ヤラセメールが発覚して以来、佐賀県知事と九州電力トップについて再三書いてきた。もう時間の問題と読んでいたからだ。昨年11月末には間違いないと睨んでいた。やめなかった。12月21日の定例取締り役会は討議をすることが何もないと回避された。 なにしろ日本で一番有名になった知事と社長のことなのに・・・である。 有名になったヤラセメールでは玄海町長も巻き込み、日本で一番先にプルサーマルを認め実施させ、3・11の跡、収束すらおぼつかない7月初旬に、日本で一番早く再稼働を認めさせたた人たちである。あの首の短い・猪首の大臣や屁理屈ばかりの第三者委員会、一部過剰反応のマスコミ、識者が憎たらしくてならなかったことだろう。 九州の首長、マスコミは威圧をかけ、あるいは饅頭を配れば、でちゃんと抑えられて来たのに・・・である。(ことに地元有力紙、西日本新聞は仲良しと聞く) 電力会社は公益産業であり国民にしかるべきサービスを提供することに励むべきである。それが独占をいいことに巨大化過ぎてのさばりすぎてしまったのだ。 アメリカでは3千もの電力供給業者がおり完全自由化というから日本で出来ないことは無いだろう。 会社のガバナンスが問われている時に側近を次期社長に指名した。6月まで取締役を続けるというから心臓はたいしたものだ。そしてなんと松尾慎吾会長は九州財界トップの仕事は続けるそうだ。これでは何のために責任を取ったのかがかわからない。 なんできっぱり、さっぱりとやめないのだろうか。 国の免許で電力供給業という仕事をしている以上、国の指示に従うのが当然なのに、自分たちの方が上だという思い上がりがある証拠である。これでは今後すべて止まった原発の再開はとても困難を伴うことだろう。 今後、九州電力は襟を正し、政・財界から一切手を引くべきだ。のさばるなどとんでもない。寄付や献金は皆無にすべきだ。マスコミなどの株式などは売却し、国債にでも当てるがよい。 なぜなら・・・全部、その金は政府が決めた電力料金で賄われているからである。 やらせの本尊である佐賀県知事は側近の副知事を調査団長に任命、調べさせた。なにも不正はなかったヨ、ただ少しだけゴシップを招いたことの責任はアルかも・・・として4か月の給料カットでカエルのツラにションベン同様である。県民はもっと怒るべきであろう。
高校ラグビーで東福岡高校が3連覇のを成し遂げた。
それも3年間、公式戦、全く負けなしの偉業である。全国の高校ラガーが毎日、これどもかとういほど競い合ってしのぎを削る中でだからあきれる。 それも総得点282点(一試合平均50点)獲得。 九州屈指のマンモス高校(在校生2千5百人余)。ラグビー部員は全国一の114人。野球のように全国区で部員を集めているというから驚く。3年間、一度も公式戦に出られない生徒が過半数を占めることだろう。我々の頃は部員が集まらない・・・という高校が多かった。いまもそうかもしれない。 今年の高校サッカー界では下馬評の高かった名門高校が殆ど県大会で敗れ去ってしまったという。こちらは偶然とかラッキイーとかの神様が一方に微笑み、他方にイタズラしてしまう。3連覇などほぼありえない。 わが佐賀県では現在4つの高校チームがある。でも佐賀工業があまりに突出しており(30回連続出場)予選で200~300対ゼロとかの試合ばかりなので全く試合の形式にならない。各チームは全く戦意喪失であろう。 もともとスポーツはライバルが居て、切磋琢磨があって!!・・・向上するのが一般的であるのに、この佐賀・福岡の二つの事象をまじかに見ている小生の心境は複雑。なんとも言いようがない。 2019年にはワールドカップが日本で開催される。待ったなしである。関係者はなんとか早急に対策が必要であろう。
’12・01・03
まあまあの天気、恒例の初登山・九千部山へ出かける。 9・00。いつもの萬歳寺コースを辿る。登山口のうっすらと雪をかぶった田畑にはイノシシ避けの鉄条網が新設されていた。登り始めるとイノシシが荒らした無残な穴が多い。単独行にはちょっと不安ストックを竹刀替りに持ち替え振りかざして身構えてみる、まさかの事もある!エイ!ヤー! ![]() あまり雪は無い。登り口からしばらく杉林が続く。今年初めて枝おろしが出来たようで、ややすっきりした景色である。数年かけた林道がやっと完成したので人手が掛けられるようになったものと思われる。 7合目ぐらいから雪が少しだけ積もっていた。先行者の足跡、は一人分! 大宰府の宝満山の登山者は数百人にもなることだろう。 ![]() ![]() 11時30分、快晴。頂上で出会った人、一人。雪はここ数年で一番少なかった。クリスマス寒波は来たけど大晦日がポカポカだったのが影響したのだろう。 ![]() 快晴だが遠くは霞んでおり福岡市街も鳥栖市内も見ることは出来なかった。 せいぜい隣の石谷山⇓までがやっと見えた。 ![]() 朝からもっぱら箱根駅伝を聴きながら行動した。 14時30分。丁度降り立ったころ登りのときから聞きっぱなしの箱根駅伝は東洋大学が8分も記録を短縮するというすごい総合優勝でテープを切った。 帰り道にある萬歳寺へ立ち寄る。ここの記念碑の銘文がお気に入りの一つである。 「生かされて謝することのみ初詣」 この作者は当然だが、なにも悪事をして謝った ふる里の山に登りていふことなし 限りある実の力試さん! 日々是好日!暮れも正月も・・・・健康に感謝感謝!3ヶ日はかくて過ぎ行く。 たとへ信仰心がなくとも日本人のDNAであろうか。 ![]()
’11・01・02
朝6時には降ってなかったのに7時ごろから降り出した雪で庭はたちまち真っ白に。午前8時、鳥栖ジャンクションを中心に九州道、大分道の高速道路が閉鎖された。 玄海からの吹き上けが強いと九千部山の南側は雪になる。 登山の用意をしていたが、箱根駅伝TV観戦にに変更。東洋大学、往路4連勝! 正月はウインタースポーツが花盛りだ。毎日が楽しい。 正午からは大学ラグビー選手権、準決勝に早慶明が出ないことは史上初とか。 観客は半分以下という。 ラグビーは、ほぼ強い方が勝つ。リーグ戦などでの縦横の勝敗表で下部のチームが勝っているケースはほとんど皆無である。拮抗している場合のみ、ちょっとしたミスで流れを与えた方が負ける。つまり頭の悪い方が負ける。高校ラグビーの放映が無いには寂しい。 その点、サッカーは偶然が作用することが多い。今年のJ リーグ優勝と天皇杯決勝戦などその典型だろう、2部から即優勝した柏レイソル、2部同志立ち上がり優勝した東京FC。ダブル優勝など日本人の誰一人予想できなかったことである。鹿島や浦和の時代は瞬く間に過ぎ去ってしまった。 なでしこジャパンは国民栄誉賞、園遊会、TV出演など浮かれているが、サッカーの世界はそう甘くない。驕れるもの久しからずは世の習いである。 ザックジャパンなど無敗と威張っていたがあの北朝鮮に歯が立たなかったのだから・・・。 アメリカンフットボール、バスケットなど目白押しである。 勝敗は時の運、!まあどうでもいいが今年も愉しみたい。
’12・01・01 賀正
5時前起床。新聞を読む。6時からウオーキング。アホウみたいに年間・・・不易。 ☜門松ならぬ門ロウバイ違うのはここから5社1寺の初詣で。 でも・・・これも考えてみれば毎年不易。 大宰府天満宮などは、カウントダウンとともに押すな押すなの人だかりと言うが、こちらは田舎。逢ってもほんの2~3人ほど! 出生地、現住所、孫の居所、先祖の菩提寺、それに通りすがりのお宮さんもついでに2ツ。 みなそれぞれに見事な大樹・・神木、鎮守の森がある。 ☜例年通り自前の我が家のおせち孫とともに7人で! 型どうり手を合わせお賽銭を投げるが、欲なことなど願うことなど殆ど無い。自力本願が信条だから、たとえば・・・健康を願うなど・・・しない。⇒自分の健康は自分が守るもの。Self help !神さんでもカミサンでもない! ではなぜ行くのか?まあお互い日本人のDNAが沁みこんでいるとでも言えるかも? 今年違ったのは万歩計を持って出たこと。約1時間半で万歩をちょっと超えた。 真っ暗のなかでお宮のお神酒を手酌したこと 今年の朝日新聞のトップ記事は、原発業界(三菱重工、日立、電力会社など)からの原子力安全委員24人への寄付行為。あのマダラメデタラメ・元トーダイ教授などが8千5百万円ももらっていたというスクープ。(これは賄賂であろう) 中国や韓国、後進国ではさもありなん!といつも思うが、日本も世界のもの笑いになる倫理観しか持ち合わせていない学者たちに心が痛む。3・11フクシマ原発は世界の人たちが見ている。 TVのトップで飛び込んで来た 政界は混乱を極めている。巨大債務、消費税、原発,外交、TPPなどなど。 難問ばかりで何一つ解決の糸口は見えそうにもない。 庭の菜の花 と 冬知らずの青々としたアカンサス ![]()
2日目は国東の田原山は行く予定にしていた。だが膝の方がサロンパスを張ってはみたが効能書きみたいには効かない
無理することも無い・・と観光に切り替え!「山は逃げない!またそのうち来ればいい」が信条である。 6.00、朝飯前、誰もいない温泉にゆったり入る。大和心を人(ガイジン 朝1番、ホテルの隣接地にあるあのイイチコ本舗の安心院(あじむ)ワイン工場に行く。高級品ばかりをテエイスト。 最初に訪れたのは、「仙の岩」。奇岩が聳え立つ。川沿いに桜が植えられており、その時期には格好の花実場所であろうか。大昔、インドの{法道仙人}が住んでいたという。頂上まで標高100m差余ある。ちょっと登ってみた。ぐるりと後方へ撒いて30分ほどかかった。 頂上の展望台は朽ち果てていた⇓ 右の正面に見える山は由布岳。 ![]() ![]() 次は東へ移動、山蔵のイチイガシ。日本で3番目という。日本の村の原風景と言えようか。村のあちこちにあるそうな。農家の裏に素朴に祀られていた。胸高囲7.4m。隣家で日向ぼっこしていた古老によると実はあまりうまくないから食べないとのこと。午後は院内の江戸~明治期の名橋を4ツほどはしご。その数75は全国一とか 椎谷耶馬渓をまわり早めに帰路につく。
12月18日、鹿嵐山を14時半に下山、3時、次の登山先、安心院の米神山登山口へ到着。15.00 県道に面し佐田京石⇓ として有名な観光地らしい。度肝を抜くような男根が林立する。しばし見とれる。これは自然か人口化か?男根崇拝!エツヘッエヘ!
![]() ![]() いわゆるストーンサークルのもっとおおきな観光地はイギリス・オーストラリアでも前に観たことがある。オスはおのれの所持するものを誇示したがろうしメスは強い子孫を残すためにおおきな男根を欲することだろう・・だからつい祈る・・・と言うのが男根崇拝か。 米神山(こめかみやま 475m)はかくれ名山のひとつとして前にH氏から薦められて気になっていた山である。まあ観光地の山だろう・・・から・・・と気軽に登ることにした。片道70分としてある。まあ5時までには下山できるだろう!と思って出かけた。(全く予備知識の持ち合わせはないままだった!) 登り始める!なんの変哲もない杉林とスズタケの道が続く。矢印はあるが何合目とかの標識は全くなし。 登山者にとっての意欲がすたれていく。 6合目ごろからはもっぱら綱を便りでないと登れない急阪に差し掛かる。ステッキをたためば良かったがもうすぐだろうと2本持ったまま進む。体力の消耗が激しい。 ![]() ![]() 8合目に巨石の看板あり。帰りに見ることにして登攀継続。体力の消耗は激しい! 9合目、4時を過ぎ、あたりが暗くなり始めた。こりゃ~いけない 帰りもロープだよりの下山。やっとの思いで下山したのは夕暮れの17時であった。秋の天道様はストーンと落ちて闇で囲む。 安心院のホテルに着いたのは17時30分であった。 鹿嵐山で体力をかなり消耗し、米神山でもロープだよりの登山で疲れてしまった。 1日で2つ登るにはもっと早く出かけるかまたは1つにしておくか考える必要があった。反省しきりである。
12月18日、忘年登山に耶馬渓の先、旧院内町(現在は宇佐市)の鹿嵐山(かならせ・・・素敵な名前である、758m)へでかけた。
我が家から大分道・玖珠インター経由で1時間半。過去2回の登山は第二駐車場から往復したが今回は第一駐車場からの縦走コース(中級)を選んだ。 駐車場にはは先に1台が止まっていたが途中出会うことはなかった。☜登山口には可愛い案内の地蔵サンがあった。登りはグングンと高度を上げていく。五合目からは、折からの寒波で根雪までは行かないが残っている。指先は凍えるが急阪で背中は汗が流れる。 登山道の両脇には目算で2百本ほどのシャクナゲが数年前に植えられていた。現在も大木が散見されるが10~20年後には見事なツクシシャクナゲのトンネルが見られることだろう。再来! ☜雌岳(730M)11時20分着、℃、2°。凍える手で背中の汗を拭きとる。ここから雄岳までは2度の急坂を下り、また上る。雪の影響で坂が滑り、ロープだよりでもとてもきつい! ![]() ☜11時50分、やっとの思いで雄岳へ着く。 ×棒は小生のステッキ 快晴。360°見渡せる。過去2回は紅葉を求めてきたが今回は冬景色。 寒いので早々に昼飯を済ませ、下山の途に着く。 ![]() 帰りの急阪は往生した。この写真⇒はアングルが取れていないので平地のようだがほぼ45度以上の危険極まりない下り坂が続いた。ほぼロープでカヴァーしてはあるがロートルには応えた。 ![]() ぐるりと廻ると万里の長城とか地獄峠の景ともいわれる巨岩が林立する。もともとこの地塁は耶馬渓から連なっており歯状の奇岩が林立する。 2時半下山、今日は2山登る予定で東へと向かう。 12月14日,千住真理子が鳥栖へやってきた。双眼鏡を持って出かけた。488席のホールは即日完売したそうな。 (ついでにいへば来年3月に開かれる辻井信行を迎えての九響定期演奏会はたったの1時間で完売したとか。1300席.もっとも会員の先行予約でA席は満杯) JR鳥栖駅から西へ一直線の新幹線鳥栖駅とのほぼ中間にあり、いずれも徒歩15分で立地は良好である。 彼女の聡明な演奏はもちろんだが、あのストラディヴァリ(1644-1737年)が製作したヴァイオリンが見たい・・・との思い・・・のが正直な気持であった。楽器のうち、特にヴァイオリンの完成度の高さは世界中で群を抜くとか。 ストラディヴァリウスと呼ばれる楽器は、ヴァイオリンに限っても数百本が確認されているそうだ。しかし、その中でも傑作と言われる楽器は十本程度に過ぎないといわれている。またその中の最高傑作の幻のヴァイオリインが見られる。デュランティ!の最初の所有者はローマ法王”クレメント14世”であった、300年のときを超え、数々の逸話を託し彼女の手元へやってきて。いま生で!すぐそこにある。 曲目は得意のG線上のアリアから始まって、人気の小曲を沢山、最後はツィゴネルワイゼン! 拍手が鳴りやまず3曲もアンコール演奏があった。 デュランティに出会えてのハッピーな気分であった。翌日彼女は地元の小学校を訪問したという。こころが和む。
このごろ探し物が多い!消しゴムが消えて無くなった。カレイ(加齢)とは認めたくない
毎度のことでタクローの・・・・♪ 探し物はなんですか~ などと自問しながら探す己が居る。きっと孫がどっかへ持って行ったんだろう・・とか考えてみる。殆ど生きていくには関係ないのに無いと不便である。数日間、もんもんの情で悶えた。 まあいいか!100金に行くか!数日たって行ったら100円で5個もあった (後日、何個も出てきた ホッチキスの弾が無くくなった。これも無いとたちまち困る。まずい!買に行った。最近はとりあえず100円ショップだ!ここでは年金生活者でも王さまだ!いくらでも買える!まあ1本1円ぐらいかな~100本もあれば一生分はあるかな~と考えて出かけた。 だが今回も驚いた。100円でなんと1千本もあった とても一生では使いきれない量だろう。(3生分!かも) ダイソーが博多に初めて店舗が出来たころメモ持ってよく出かけた。 いまではわが7万人の街にも3ケ店がある。ほんの数年でアイテム・売場免責も数十倍になった。 検索してみるとなんとなんと 国内 … 2,620店舗 海外 … 26カ国、587店舗 売上高35百億、100円で割ると大略35億個の商品を扱っていることになる。 その昔、上海の空港などでは{1本、500円!3本千円!}などと叫んで日本人客にネクタイやベルトなどを売っていた。 安い!と驚いた。 物品販売業界で売り上げを伸ばしているのは1にユニクロ、2にだいそー、3~4が無くて5にニトリであろうか。アジアの低賃金をうまく利して業績を伸ばした。 TPP問題で農協や一分の人たちが騒いでいるがまだ40%ほどの自給率がある。 この3つの業界ではもう自給率論争などありえないところまで来てしまった。自給率はほんの数パーセントだろうか。 われわれは強い円を背景に一時の繁栄を享受していると言えないだろうか? 12月3日、わがサガン鳥栖 がようやくJ 1昇格し、悲願を達成した。15年は長かった。創業のいきさつも知っている。 幾度もの内紛、経営・解散の危機などがあった。知人のN氏は無給で社長を務めていた。たまにではあるが見るに見かねて食事代はこちらが持った。 年間3勝しかできない辛酸の年もあったチームにやっと巡りあわせが来た。地元とはいえ、弱いチームの試合を観るのは面白くない。当然のごとく観客はチラホラでしかなかった。 それがこの最終日は満員札止めの2万2千人もの人をあつめたというから凄い。 小生はTV放送があるときは、なるべく家で観ることにしている。 リラックスできる、ゴールの瞬間などがリプレーで何度も見れる。解説がつく・・・などまど。 この日はサガン鳥栖の今日の礎を築いた☜松本育夫氏が解説者であった。5年間にわたり、日本でもトップクラスの同氏がド田舎の鳥栖を辛抱強く指導してくれたのが、一番大きいと思う。単身赴任だったそうだが、四六時中全身全霊をサガン鳥栖に入れ込まれたという。この人なくしてはこんにちは無い。 それにしても J1 に18ものチーム 、2 にはなんと20チーム、FL には20チーム そしてもっと下部もある。現在進行中の天皇杯出場登録チームは88。おそらく世界に類を見ないことだろう。 ちょっとバブルじゃないか!と思うがいかがだろう。昔言われた3S政策。スポーツ、スクリーン、セックス。 国民はバカになってしまう。 多くの選手は移動が激しく、みなアルバイト社員みたいな浮草稼業である。 まあともかくも、来年は一部加入で一流の選手が見れる。ただし、負けが込むとファンはそっぽを向けることだろう。強くないと閑古鳥が鳴くのは今年のアビスバを観れば判然とだろう。ファンはみな柏レイソルの夢を見る。正夢であってほしいものだ。 追伸 サガン・・・は「佐賀の」という方言かと思っていた 砂岩とは全く知らなかった。掛け言葉ではあろうが佐賀ン・・の方が判りやすい。 ついでに言えば佐賀市よりも筑後からの観客が多い。ならば・・・・サガン、チッゴン鳥栖とてみたらどうだろう。ブリジストン、ベストアメニテイなどメインスポンサーも久留米からの後押し。鳥栖は交通の要衝。九州のど真ん中にある
11月26日、六甲山へ出かけた。
利尻、礼文から西表まで日本列島を歩いたがこの地区の山は未踏でちょっと気になっていた。 九州から関西へのツアー(大台ケ原、大峰、吉野、熊野などへ)の多くは夜行の船で移動する。今年の週末はいつも雨なので、前日ギリギリにに申し込んだ。 さて乗船の前日の時間をシニアはどう過ごすのか?それが問題である!! ![]() 博多・中州・大洋でのオペラ(10・30~13・40)で過ごすことにした。 丁度メトロポリタンの「ドン・ジョバンニ」が上映されていた。世界最大級3800人の観客を毎日満員にするという歌劇場のLIVE映画も福岡では寂しい限り、ほんの30人ほど☜の観客であった。ドンジョバンニは初めて字幕なしでプラハで観た思い出のオペラである。今回は客席の映像や出演者へのインタビューなどがあり理解しやすかった。 ウイスキーのおかげで船中は爆睡。日本百名山以外をツアーで参加するのは初めてである。(大阪・兵庫・京都などには百名山が無いので・・・・) 午前7時芦屋川駅をスタート。総勢18名(うち女性15人☜紅葉した桜並木、芦屋川沿いにゾロゾロ歩く 南の端から有馬温泉までほぼ北への縦走コース(大略11・5k・4時間半・獲得標高1773m)。高級住宅街を左手に眺めながら覗き趣味よろしく批評して歩く。 関西地方では根強い人気の山だそうで登山客も多い。シニア大軍団なので追い越してもらうのが大変である。ここでは登山とは言わない。ウオークというそうな(さすがガイジンの街)☜高座の滝 ⇓ロックガーデン ![]() まあ岩山といっても箱庭みたいな景色である。ルートは別の場所に作ってはいろそうな。六甲ケーブルがすぐ西側に見え隠れする。東には芦屋ゴルフクラブ。相当高いところにあるのでプレー代も高かろう ![]() ⇑ 頂上は平地、みな思い思いに昼食などで休んでいた 11時前には頂上(931m)に着く。瀬戸内海を見渡せるのどかな景色である。ここで昼食。期待した山ガールはいなかった この山行で感じたこと。 紅葉の時期というのにこの山ではほとんど見当たらなかった。小生が神戸市長だったら、紅葉する木をたくさん植えて、観光に寄与したいと思うがどうだろう。 千年の古都、京都の山や寺などは多くの寄進者が負うたはずである。植樹は百年の計というが30年もしたら立派なもみじの山になること請け合いである。神戸には資産家も大勢いる筈。寄進してもらえば良い。 帰りはアット言う間!!13時半には下山してしまった。 有馬温泉(350m)は初めてである。百聞は一見にしかず。 行基菩薩が有名にし、秀吉がたびたび訪れたという地は大混雑していた。足湯は満員 ⇓ 金の湯は筌の口温泉と同じ茶色の湯 750円 右 ![]() ![]() ガイドから「14時から17時まで温泉に入って買い物をしてください」と言われた。風呂には1時間はもたない。登山者は買い物の習慣がない。寒風の中、時間を持て余してしまった。☜太閤通りは賑やか、寒いのでせめて・・・と温かいまんじゅうを喰った 19時大阪南港出航。 今、個人情報とかであまり名前などは聞けない時代になってしまった。 ベッドは個室、翌朝は流れ解散。1人の友達も出来ないウオークであった。 朝帰りして、午後からは筑後オペラクラブへ出かけた。こちらは主に高校の同窓生の集まりでもあり、心置けない、親しい人ばかりでもある。 ロシニー「セビリアの理髪師」を堪能した。声楽を器楽の域に高めた・・・と評価されているそうだ。観覧後はいつもワインで乾杯。晩餐会となる。 晩秋、それなりに充実の3日間。 帰路につくころにはとっぷりと暮れた。
6月に図書館に予約した本が5か月たって、やっと回ってきた。I can’t wait!
ご存じ、渡辺淳一の「天上紅蓮」である。紅蓮とは紅い蓮の花。 猛火の炎の色ともいうそうだ。まだ男女間の交際がおおらかな時代、一夫多妻が主流のころの高名とどろく白河上皇(1052~1122、20歳で即位14年間天皇、のち院政をひき74歳で死去)の不純?性愛物語である。 秘め事、睦みごと、後朝のことを書かせては、右に出るものなし、当代第一級の渡辺センセが30数冊もの参考文献をもとに、ものにした宮廷総濡れ場絵巻である。 あの源氏物語から100年ほど後のお話となる。当時は天皇は幼少で立皇し、退位も早く、100年では8人ほども変わった。 現在のように死ぬまで在位する・・・ことなどは皆無であった。天皇になるのはいつも政争が絡んだ。 璋子(のち待賢門院璋子)は、乳飲み子の頃から、時の最高権力者白河法皇が寵愛する皇后の祇園女御[3人目の皇后)の養女として育てられる。白河法皇は5歳の幼女を自ら懐の中であやし、添寝して育てた。 法皇は添い寝がつい高じてついつい秘所に触るようになってしまった。そして13~14歳ごろには男女の関係に 当時、法皇は63歳であった。なんと50歳もの開きがある。人生50歳と言われたころのお話である。クコの実などを精力剤としたという。 溺愛のあまり次は地位も与えたいものだと・・・孫の鳥羽天皇(当時14歳)の御后にしたのはなんと璋子16歳のとき。まだ陰部は慣れたものの柔らかい蕾であった。 結婚はさせたものの、権力者の上皇は璋子が鳥羽天皇と交わらないようにあらゆる手段を講じる。 その目的は璋子に自分の種を植え付け、出来たひ孫を「天皇に!!!」と画策するためである。 ここで医学者の渡辺センセはさすがという腕を見せる。まるで見てきたように描く。月経の後先。つまり排卵期、穢れた日、妊娠可能日などを計算して、可能日に上皇と交わったと分析するのである。(そのころオギノセンセはいなかったと思うが 鳥羽天皇とは妊娠不可能な日に死んだつもりで・・・ただ御貸しするつもりで・・・ナニするのである。 3人の皇后と多くの女たちを知り尽くした白河上皇にとって、璋子の女体は、清楚で、淫らで、控えめだが貪欲で、こんな味わいの女はいと言わしめた。 他方、当の鳥羽天皇は妻璋子と上院のことを知ってはいたが、絶大な権力を持つ祖父にたいしては何にもたてつくことは出来なかった。 法皇にとってこの世で叶わぬものは3ツだけ 比叡山の山法師 鴨川の流れ 賽の目だけ・・・と言わしめた。 見事に皇子を生んだあっぱれ璋子、結局、21歳の鳥羽天皇を降位させ、5歳のひ孫は崇徳天皇となる。 二人は院となり璋子は待賢門院璋子と称す。当時は頻繁に熊野へ3院行幸するも、上皇と待賢門院璋子は毎晩睦みごとに励む。ああ~ 73歳、性行為が」難しくなっても二人はひたすら愛撫行為に励む。 74歳にて霍乱(急性胃腸炎?大腸がん)のため死去。 待賢門院璋子と鳥羽上皇にとってはまだまだ続きがあるがこの辺で失礼しよう。 追伸、西行もこの時に北面の武士として実在した。 この本をなぜか源氏物語が大好きな多くの女性と皇室のみなさんに捧げたい
先月谷川岳に登った時に周りの人たちの腕時計をみて驚いた
みんなが高度計測可能なデジタル時計をはめていた。 吾輩のははフツーのアナログ紳士用時計でTPOとはとても言えない。ちょっと恥ずかしかった。でも!というか・・・ただしというか・・・憐れ!!というかなんとみんなが高度計などの操作が出来ていなかった。まあアホらしいことよ!・・・と思った。ちゃんとマニュアル読みなさいヨ! ☜ 左TECHNOS QuARTZ バブル時代に香港で夫婦ペアー品を購入 右SEIKO DOLCE いづれも10ウン万はした。 帰ってからネットで数回検索してみた。機能が沢山ついている。海外でも時間あわせが要らない。電池もいらない(*^_^*) 最近の買い物は大方ネットである。検索するとちゃんと検索歴が出てくる。その上ご丁寧にも「最近クリックしたあなたへ」というDMがジャンジャン来る。 とうとう根負け・・・買ってしまった。☜30%OFFでさらに10%ポイント付き CASIO PROTREK でも驚いた。ボタンがグルリと7個もついている。ボタン操作のためのマニュアル読むのも厄介だ。一通り終えたら半日かかってしまった。面倒なことこの上ない。 たとえばストップウオッチで片足立を計測するのに、設定に4回もボタンを押さねばならない。仕損じるとまた初めからやらねばならない。 今月、早速、山に登った。前夜に予習をした。でも・・・・山について腕を見たらなんと以前のデジタル時計がはまっていた この夏、万歩計を買った。でも朝のウオーキングに出かけるとき、おおかた忘れている。 まあどうでもいいや!と・・・・。なってしまう。 いまは執着しない時代である。 断=入ってくる要らない物を断つ 捨=家にずっとある要らない物を捨てる 離=物への執着から離れる 心したい! 映画1911を見に行った。100年(明治44年)に満州族による王国清を滅亡させた辛亥革命を扱った映画である。中国4千年の歴史の中で観ればキーポイントである。 孫文はわが国でも有名だし、彼に期待して出かけたが荒尾の宮崎とう天のことが一言出てきただけだった。 弾圧を受けた彼は日本などへ逃れ闘争資金集めに奔走する。後釜を託された軍人・黄興の戦争活劇物語である。世界的なスター・・・とも云えるジャキーチェインがこれを演ずる。 当然、ジャキーチェンに期待したが、しばらくぶりに観たかれも57歳。すっかり老けていた 出来ればもっと踏み込んだ内面のことがほしかった。 映画を見終わって考えたこと。 中国の若者たちはこの映画を見てどんな認識・理解することだろう。 一党独裁の現体制は民主主義からほど遠い。文化大革命を話題にするなどタブーだというし、若者たちはなにも民主化・思想統制のことなど考えも及ばないのだろうか?そんなことが永遠に続くことはないだろう。
ぶるーぽぴブータンのワンチュク国王(31歳)が夫妻で来日された。あまり耳慣れないが国民総幸福度が世界一ダ!という。
早速、ネットで調べてみた。 1976年、ブータンの21歳のワンチュク国王が国際会議で提唱したもの。 国にとって大切なのはGNP(、国民総生産)よりGNH(Gloss National Happiness、国民総幸福量)なんです。 ペットボトルの水がよく売れる国はGNPは上がるが、自然破壊がなく、川の水が飲める国はGNHが高い。 塾で疲れた子供たちより、自然の中で遊べる子ども達の方が幸福度が高い。 GNHはブータンの最終的な目標である。 数値によるランキング化などはされていない・・・・という。 まあ自らが提唱した目安であり、国際的に認知されていることではない・・・・と言うことになる。 もっとも屁理屈はさておいて、ワンチュク夫妻と名代として並んだわが皇太子を比べてみればすぐ判る。片や偉丈夫でイケメンブータンは九州ほどの面積。人口は70万人。人口密度が低く、山岳地帯が多い、人口密度が低く空気がきれいということである。 世界では最貧国の一つでもある。しかし晩餐会、国会、京都などで伝えられる国王夫妻の堂々とした幸福度?はさすがと思える。 皇室は別として、自殺者が3万人、生活保護受給者が200万人、フリーターが4人に一人。大卒就職率52%。国の借金1千兆円(一人当たり800万円 かの国にはストレスなどという言葉は無いかもしれない。 この国は心労者が多い。皇室から先生、映画まで「つれがつうになりまして」 一昨年ブータンに旅行に行こうと計画した。前年に行った友人からたくさんの写真ももらってワクワクしたのだ。なんと世界で初めて幻の白いブルーポピーが見つかったという ただこの国は滞在税が1日、2万円ほどが取られる。10日滞在すれば20万円別途かかる。痛い!ほかのアジアの国に比べてちょっとヒドイ! 訪れるのは日本人が断然多いという。 以下、何枚か秘蔵の写真をご披露しよう。真っ白のブルーポピー こんな花たちと語り合えれば、ストレスなし!幸せ一杯!さぞ毎日が天国だろう! ![]() ![]() ![]() ![]()
11月9~10日、やっとみこしをあげて九州新幹線に初乗りすることになった。
ちょっと驚いた 行楽シーズンなのか、平日なのに2か月以上も前に指定席は満席であった。 キャンセル待ちで、指宿行きのたまて箱号までどうにかとれたのはぎりぎりの前日であった。(兄弟旅行で6枚) もともと新幹線は単身赴任のころ6年間、毎月2回平均付き合ったので、指定席は満杯でも自由席はガラガラと言うのは百も承知であったがミニ団体であれば仕方ない 案の定、指定席は満杯、自由席は3分の1ほどが空席だった。 ちょっと関心があったので以下調べてみた。 下り新幹線 鳥栖VS久留米の停車状況 総計37本のうち 両駅とも通過 6本 両駅とも停車 7本 鳥栖のみ停車 12本 久留米のみ停車 12本 なんと両者きれいにイーブンであった。 博多から鳥栖まではほんの14分、トンネルを抜けると・・・そこは・・という気分である。せっかく買った週刊誌をゆっくり読む暇もなく鹿児島へ着いてしまった。食事はJRが展開する新装の駅ビル・アミュプラザで!なんでもそろっているので便利だ。天文館ぶらりは雨の中をちょっとだけ散策!タクシーの運転手によると、このところ噴煙もあり観光客は指宿・霧島などへ素通り気味だそうな。 ☜人気のたまて箱。泊まったG旅館の中居さんによると、宿泊客はなんといつも満員の200名 われわれは初めてなのに世の中の動行は凄い! 10日早朝、ウオーキングもままならないように風雨が強く、一部観光をやめ鹿児島へ引き返す。 観光案内付きのジャンボタクシーに乗り磯庭園(仙巌園)ほか数か所を回る。折からの菊まつりもあり、凄い観光客であった。ガイドさんによると平日では最高の人出でしょうとのことであった。![]() 帰りの買い物もアミュプラザで済ます! 新鳥栖での乗客は朝は50人ほどであったが、帰り下りたのは我々4人だけであった。 博多・熊本以外はあまり利用客がいないのが現状だろうと見た。
Aさんから「明日、キノコ狩りに行きませんか?」との電話があり、即OKした。物好きな性格であり、なんにでも興味を示すクセがある。知人で九千部山の山麓に別荘を建てて隠遁生活をしているキノコ博士が案内してくれるという。
11月8日、立冬。ちょっと涼しい感じ。昼弁当、ビール、それに大きめの(よくばり爺さん! 山荘は河内へ行く道路の崖下にあった。夏様式。バンガロー風のワンルームで天井が高い。集落には10軒余りが住むという。標高400m、夏は涼しく快適だが、冬は寒くて暖房費がかさんで大変だとか。 車で九千部山の山頂・鉄塔まで行き、九州自然歩道を西へと向かう。(結果的に石谷山を往復することになった) ![]() ![]() この近辺は標高800m。あまり高低差のない尾根筋を歩く。もう葉はほぼ散り、カサコソ。初冬のの雰囲気である。あたり一帯にはブナ、ナラ、アカガシ、リョウブ、カエデ、ツゲ等が茂る原生林。好きな景色と言えよう。 Mrキノコ博士はこの道20年、全国各地へ行かれたらしく博学である。歩くこと1時間やっとそれらしきものが現れた。☜クリタケ (ハラタケ目モエギタケ科モエギタケ亜科クリタケ属)エノキダケの親戚 炒め物、天ぷら、ごはん等にして食べるとか。 博士は、ハサミで丁寧にカットして胸に下げたカゴに手際よく収納していく。主に倒木、古い大木の根などに寄生する。我々は先行隊というか嗅ぎ回るのが仕事である。ツキヨダケなど毒キノコもある。しかしなかなか即学習は難しい。 結局片道2k、石谷山頂上までで終了。博士によると時節もよく大漁だったとか。 帰りに図鑑で調理方法などを聴いたがちょっと難しく、結果、土産は辞退した。 大風呂敷はなんの役にも立たなかった ’11・11・03。文化の日。多くの人たちを和ませ、豊後富士ともいわれる秀峰由布岳に紅葉狩り登山へ出かけた。予報では晴れとあったがあまりはっきりしない天候。 8時15分、もしやと思った無料駐車場はすでに満杯。有料駐車場には約50台。さすがファミリー登山のメッカでもあり人気は高い。 今年の紅葉はあまりよくない。折からの曇天でもあり、あまり映えない。それでも大自然が醸し出す美しさに変わりは無い。写真を撮りながらゆっくり登山。 ![]() ![]() 中腹から見下ろす湯布院の街はすっかり雲海の下である。 9合目のマタエに着くと先客で満杯の人たちが休息中(@_@;)。 西峰はアリが這うように続々登っている。こんなにたくさんの人が先に登っていたのかと驚かされる。⇓ ![]() ![]() ![]() 頂上は写真が撮れないぐらい多かった。 よその山(もと)ガールズを盗み撮り(^_-)-☆ 11時昼食。西峰を見るとガスで覆われ全く視界が効かない状態になってしまった。足場が悪いので危険である。 予定を変更、して下山する。離合困難な場所で、福岡からツアーで来たという40名の団体に出会った。 途中、少し晴れてきて紅葉の林ももやや明るくなってきた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 下山してからの駐車場の管理人との会話。 この秋は週末ずっと天気がくずれ登山者が少ない。前週などツアー客だけだった。今日は大型バスが5台。おそらく千人は登ったでしょう・・・とのこと。 帰りに200円・44度の湯布院温泉で疲れを癒し岐路に着く。
’11・10・25日。けなげに咲き続ける花たち。わが庭をチョットだけ動画 で習作。
今年はインパチェンスの花をサツキの植え込みの中にプランターごと埋めてみた。仕上がりはご覧のとおり。 シュウメイギク、ホトトギス、キバナコスモス、アメジストセイジなどが出てくる。 まあ秋たけなわであろうか。 菊はまだつぼみ、もうしばらくかかりそう。 赤と白の競演!チェリーセイジ と シュウメイギク ![]() ![]()
10月22日現在、もう辞任は秒読み段階に入ったと思ったのに・・。
自分で判断の出来ない真部社長は松尾信吾会長の帰国を待ってから・・・と言明した。電力会社ではいずこも会長がドンで社長は番頭のようだ。報道によるとモンゴルから帰国(この会長は肝心のとき、いつも外遊中である)した会長は、22日深夜、やらせメール問題の長期化で責任問題が再浮上している眞部利應(まなべとしお)社長の進退について・・・続投させたい、彼以外に社長はいない・・・と続投は当然との意向を示した。 アレレ!第三者委員会からあれほど厳しく非難され、枝野経産相からも責められたというのに!九電経営陣は、もう外堀は着実に位埋められているのを理解できないほどに耄碌めされたようだ・・・としか言いようは無い 21日政府系金融間機関の日本政策投資銀行が一千億円の緊急融資をを見合わせた。これは明らかに枝野経産相からの思惑が反映されている。 顧みるに電力会社は極端な隠蔽体質である。ほとんど経営の実態とか現況を国民に知らしめてこなかった。 95%黒塗りの手順書を国へ提出した・・・など象徴的である。その上「知的財産の保護などとぬかす。span style="color:rgb(255,0,0);">何をいまさら!である 九電の11年3月期連結決算の売上高は1兆4860億円。純利益287億円。 まさに殿様企業である。戦後の九州の政治・経済のすべてを独占的に支配してきた。あのカダフィ大佐より長期間、連綿と!本来公益機関なのに莫大な収益をあげ、胡坐をかき、政財界を支配するのは行きすぎである。交際費はジャブジャブ。なんでも思うがまま、自由に支配、采配ができた。 佐賀県知事を支配するぐらい一ひねりもない。まんじゅう数個で十分だ。 この6月29日佐賀県は全国に先駆けて原発再開を決めた。 それがヤラセメールを発端にとん挫してしまったのが今回の構図だ。 佐賀県知事をかばおうとした報告書は経産省から一蹴された。 九電幹部は・・・もともとやらせ行為は経産省、保安院、原子力委員会なども一蓮托生ダ、原子力村でのグルで常識ダ!という感じを持って甘くみていたとしか言いようは無い。 大電力会社の会長とか社長を長くすると唯我独尊となり市民感情などとんとなくなってしまうのだろう。 会長自身も05年当時の全国初のプルサーマル採用当時の社長である。個人創業会社ならいざ知らず、固執すべきではない。 経営刷新は上に立つ人が変わらなければ進まない。 潔く、1日もはやくやめるべきだろう。 佐賀県知事のことは稿を改めたい。
旅もいよいよ終わりである。麗水(韓国読みはヨス)は読んで字のごとく麗しい海浜地帯の意であろう。われわれもすぐ判る。多島海である。約2万余の小島が浮いているという。(わが九十九島とはケタが違う。白髪三千丈のたぐいか?)。
韓国ではいまでも地名の標記はまず漢字である。 韓国はもともと中国文化の影響で漢字の国である。いまでも新聞は朝鮮日報はじめ、主要新聞は漢字交じりが主力である。 かって15世紀ごろまでは識字率はほんのわずかだった。そこに世界でもまれな合理性を帯びたハングル文字が制定され一般の人も読み書きが出来るようになったという。 1910年、韓国併合条約によりわが日本帝国主義者は創始改名や日本語を強制した。 かって差別(征服)した国家と支配された国。どうしても民族意識、国民感情は違う。表面は和やかだが竹島問題、慰安婦問題などでは支配された方の民族意識が高まる。日韓が大人の付き合いをするには日本が譲歩、紳士の対応をするほかは無いだろう。このたびのドジョウ総理が、かって征服したとき持ち帰った古文書を返還したというが、ほかの有形ものはすべて速やかに返すべきだと思うがどうだろう。(宮内庁にたくさんあるとも聞く?) 違った意味で大英博物館、ドイツ国立博物館などもやはり同じであろう(ギリシャヤトルコ、エジプトなどなどへ)。すべてはある意味で略奪品である。 小生は”世界は一つに、戦争のない世界へ”へを乞い希う1人である。 韓国へも友好信条で来た。 登山で5回(ソラクサン、ハンラサン、チリサン、それにカヤサンへは2回)、観光は今回で5回、計10回目の訪韓となる。なにしろ東京より近くて安い。 ![]() 朝一番は、ラムサール条約で認められた世界5大沿岸地帯の、海と干潟の順天湾自然生態公園での散策。わが有明海と同じと思ってもらえばいい。 ![]() ただしここの方が広大で、シチメンソウの干潟までははるか彼方、とても徒歩では行けないという。立派な売店、トイレなどが充実した講演であった。 昼食にうまい肉のプルコギを食べ巨済へ。 ![]() ![]() ここから遊覧船で多島めぐりと冬ソナの最終邂逅の地、感動のロケ地、巨済海上観光農園へと向かう。休日ともかさなり大勢の人が訪れていた。 島全体が全くの個人有志家が趣味で作られた庭が今では大公園になった。それにしてもすばらしい刈込と四季折々の草花。海洋性植物。手入れが十二分になされている。 ![]() ![]() ![]() 帰りはギネスブックに登録された巨加大橋を渡り、釜山へを目指す。 ロードサイドのコンビニで缶ビールを買ったらなんと安かった。七十円。 最後の土産店でしこたまキムチなどの土産品を買い占めた。ウオンはこの数年、見る影もなく暴落した。 今回は格安ツアーである。帰りは午後八時のカメリアに乗り込む。夕方一番、朝一番に風呂に入る。初めてのカメリア!友達もできて快適であった。 港には五時には着いたが、上陸は入国審査員の早朝出勤を待ち、七時三十分まで待って 之にて麗水への旅も無事終了! カムサンミダ!
今回の旅は当然のごとく韓国ドラマのロケ地の訪問がある。結構ファンはいる様子。全く見ていない我々にはなんのことかあまり感動は無い(一番当初の冬ソナは知人がDVDを貸してくれたので時代に遅れてなるものかと
ソシェウオン、チャングムの誓い、スキャンダル、夏の香り、云々と言われても蚊帳の外である。 ソシェウオン公園 竹林・・竹緑園 休日で現地のひとが多かった 有名な撮影の場所である ![]() ![]() ![]() ここも撮影場所「宝城茶畑」。 山の上まで見事にお茶が植えられていた。ぐるりと回るのに1時間はかかたろうか。 ![]() 伝統的な農村の風景が残された、絵画のような楽安邑城民俗村。山もまた借景と見た。 通常日本の農家はは麦わらで葺く(戦前のわが出生の家がそうであった、我が故郷の村の多くは麦わら屋根であった。)。しかしこの地では稲藁葺きである。水はけの点で腐りやすいだろう。屋根の上にはカボチャ、ヒョウタンなどが無造作に生い茂っていた。ここでも日韓の知恵の差があるように思えるがどうだろう。 ![]() まだ住んでいる人、喫茶店や民宿を営む人たちが多くいた。 村の北半分は武士、官僚の部落があり外敵をしのいぐためだった。(倭寇も) ☜この水車も有名な撮影場所という 夜の料理はうなぎのかば焼き、ムツゴロウのスープなど川魚が主采であった
’11年10月14日から3泊4日で韓国・南端の全羅南道への小旅行に出かけた。ドジョウ首相ドノに先駆けて韓国訪問年(先方の呼び込みキャンペーン期間
まあ九州でいえばカゴシマみたいな地域であろうか。 旧百済の国でありソウルやプサンとの行き来は伝統的に少ないところという。ガイジンはあまり来ないとも。 来年5月から始まるという世界博覧会へ向けて J 社のテストツアーにのこのこついて行った次第である。7時45分、博多港からの臨時便のビートルで麗水港まで約4時間。 麗水市(ヨス・30万人)で来年開かれる☜完成予想図。 ここヨスはソウル、プサン、福岡とはほぼ等距離である。 折からの雨の中、市長をはじめ、歓迎の鐘太鼓の民族舞踊で迎えられ、こちらがビックリ仰天した 海浜の箱もの、ホテルなどの工事がまさに急ピッチで推し進められていた。 韓国もオリンピック、ワールドカップ、世界陸上、万博など世界の一流国に並んだといえようか。 同行者は外国人専用と書かれたバス2台に50名余での移動となる。市内の建造物2か所を訪れたが朝鮮時代に日本(倭寇)と度重なる戦争で勝った李舜臣将軍の手柄話ばかりであった。 当然日本の非が強調される。倭寇の子孫としてはちょっと違和感を感じぜざるを得なかったし、それよりあの時代、わが先祖たちがよくぞこんなところまで足を延ばしたものかと恐れ入った。いま当市と唐津市は姉妹都市である。 ![]() ![]() 国宝・鎮南館(3百年前に3百年の松で作られた) 同所より麗水港を望む カニ料理に舌包みをうち、午後は北方の山岳地帯、智異山(チリサン)国立公園へ。 ここには百済時代の文化財が軒並みである。 なかでも新羅時代に建造されたという名刹華厳寺が名高い。屋根が両翼に心持張っている。 ![]() ![]() 紅葉も少しずつ進んでいた。夜はマツタケごはんダヨ!となりもの入りであったがほんの5切れほどが入っていた 新装のホテルは当然のごとくオンドルの部屋 おかげで温かく眠れた。
今年は金木犀が例年より10日も早かった。なぜだろう。
我が家の秋の庭のことを紹介するならやっぱりインパチェンスをおいてない。6月から霜が降るまで庭全体を彩ってくれる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() アメジストセージ シュウメイギク ☜チェリーセイジ![]() ![]() ![]() ホトトギス ![]() 今年は熱暑であり柿の摘果がうまくできなかった。小さいのばかりで商品価値はない。右はあまり成らなかったので少々大きめのになった。 10月11日。前夜は水上町の源泉の宿 ☜松乃井 へ宿泊。ここに以前、苗場、巻機山には J 社の登山ツアーで来たときに泊まった超豪華旅館である(登山者にとって)。いまも繁盛していた。A社ではこんなことは始メテダ!と運転手が興奮して話してくれた。今回はシニア向け「ゆったりこーす」でありちょっと贅沢な旅館を選んでくれたのだろう。東京からも忘年会で続々来るのだとオカミが言う(新幹線で50分)予算の余ったお役人や大企業の人たちだろうか。 懐石料理も朝のバイキングも登山客にとっては一級であった。 土合、谷川岳ロープウエイの営業開始8.00、一番乗りに合わせて出発。待ち合わせる間に当地の名物男、登山回数は(胸にちゃんと表示してある)2756回で今後3千回を目指すという森さん(76歳、小生と同い年だが・・・・・身びいきだろうかコッチが若く見える もう大層お年をお召のご様子だがあと244回ものぼるのだろうか?驚きである 谷川岳はまだ学生時代に・・・1956年(昭和31年)当時人気の新聞小説でi井上靖の「氷壁」を読んで以来の憧れの山である。当然、映画でもテレビでも見た。それ以来一度はと願った!山である。 事故死を含む死者は800人を超えギネスブックに載っているという。(かのエベレストを含む8千m級、全14座の遭難者が合計で640人というからその凄さは群を抜く。 天神尾根コース。出発時はガスがかけ、ちょっと不安。1時間,熊穴沢避難所にて雨具に着替えをする。周りは全く視界は効かず。 3~4か所にロープ、鎖がしつらえてある。まあ視界が効かないのは集中できてひたすら登るのには好都合かもしれない。 この山は双耳峰である。つまり2つのピークを持つ。☜トマの耳(1963m)につくころやっと視界はこの通り。頂上の登山者は10数人。(この日の登山客は二百数十名ほどだろうか)。 さらに数百㍍を行くと本山、谷川岳オキノ耳(1977m)へ着く ![]() 下山するころには周りの雄大な眺めと紅葉の景色が広がってきた。東が新潟県湯沢、西が群馬県水上。 この山塊は大きい!どこまでも山ばかりである。山の中を関越自動車道、上越新幹線のトンネルが通る。 ![]() ![]() ![]() ![]() 正面ピークが谷川岳。3時無事下山。3時半出発。 7時間半をかけ、我が家にたどり着いたのは深夜の11時。寝酒で乾杯!! ゴルフで言うエージシューター。百名山の登頂でエージクライマーとなり新年を迎えるヽ(^。^)ノ 註 ゴルフのエージシュターとは自分の歳以下でラウンドした人。 エージクライマーとは?・・・自分の歳を超えて百名山を沢山登った人のことを言う。
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