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12年5月6日。
ラ・フォル・ジュネ in 鳥栖 2日目。 10時から九響のチャイコフスキー「交響曲5番ホ短調」を聴く。入りは8分目か? 当日券番組の完売度は半分ぐらい。どの曲もほぼ45分仕立てであるので、適当に素人には判らないくらいうま~くカットしているのだろう。当然小生は全く気が付かない。 クラシック狂の知人に偶然会った。彼曰く・・・九響もうまくなったな~・・・・。 もちろん小生は全く分からない ホワイエでヴァイオリンアンサンブルを聴く。 昼休みには再度、川井郁子のヴァイオリンを水上ステージで聴く。このお方が人寄せパンダでもあろうか。ほぼ見渡せないほどに人が集まる。 撮影禁止のアナウンスがしつこく(20回以上も? 映像なしで申し訳ない 素人が公序良俗を守り(音を立てない、フラッシュをたかないなど)を守り、作品を良心的に発表するぐらいは認めてもいいと思うがどうだろう。人がダダで宣伝してくれるのだから有難いと思うべきである。 最近は素人のオンボロなHPなどにも不許複製宣言が目立つが、人が宣伝してくれるのだから歓迎すべき筈ダ!と思うがいかに。 川井郁子さんを二日続けて聞くとよくわかる。やはり耳になじむというのは音曲にとっては一番大切なことだろう。なじむことによって理解が進み楽しむことが出来た。 芸術家と向き合うのは疲れてしまう。一度、自宅へ帰って食事。 16時からのプラハのプラジャーク弦楽四重奏団を聴く。チャイコフスキー・四季など小曲を4曲。ピアノ・・・アンヌ・ケフレック。 全体的に演奏家は国籍不明だ。粒よりというのか寄せ集めというのかトントこちらには分からない。 自転車置き場の向こうが劇団員のたまり場である。10数人が外に出ていた。皆が皆!ほとんどがタバコを吸っていた。もちろん女性たちもであり唖然とした。レベルが高いのか低いのか ホワイエ、とかマルシェとかジュレとか笑わせる。 芸術ホールのホワイエなら判るが公民館の狭い玄関にぎゅうぎゅうに人を集めるのは何だろう。おばさんと体が引っ付きあったままだった ただのラーメンやがなんでカッコしてマルシェか!!笑っちゃう 昨年は主催者発表で7万人の来場者という。昔から話半分という言葉がある。 今年は何万人かまだ発表が無い。 小生は7番組を見聞した。聞いた人を延べ員数で数えるのなら1万人であろう。 市の職員だろうか。撮影禁止を叫ぶ声は不愉快だった。 我々小ブロガーとその読者に失礼だ。 おまけ⇓ 我が家の初夏 アヤメ ![]() モヒトツおまけに⇓ ヒルザキツキミソウ ![]()
12年3月24日。
九州交響楽団鳥栖定期演奏会が初めての辻井伸行のピアノジョイントで行われた。 昨年は舞台に立っていた。3・11後、おそらく世界で初めて開催の第九合唱団in鳥栖で、大げさに言えば世界の中心で絶叫した でも入りは大震災直後という時節柄もあり8割程度だった。 ![]() 今年は発売後即完売したというプラチナチケット、当然会場の隅々まで聴衆であふれていた。人寄せパンダ? 今、洋の東西とも一番観客を集めるピアニストの一人だとう。 子供連れが意外と多かった。九州一円からのこれは新幹線効果であろうか? 出し物は序章はベートーベン・エグモント序曲。 指揮は寺岡清貴(大阪響・正指揮者) 解説書によると沢山の作品を残したショパンはわずか2曲しかピアノ協奏曲は書かなかったそうだがその2番を池邉敬一郎君(☜フッペル鳥栖ピアノコンクールの優勝者に与えられる名誉!東京芸大付属高校3年、福岡県出身)例年、優勝者は九響との共演の資格が与えられる)とても高校生とは思えない技量だった。こんなひとが芸大へ行くのだからとても普通の卵では行けないのは当然だろう。 1番をご存じ、ヴァン・クライバーン国際コンクールで優勝した辻井伸行のダブルソリスト。 ショパンの19歳のときの作品をこれも若き天才のダブル演奏という豪華版である。 ピアノ演奏に入る前、0・8秒ほどの間隔で絶えず前後に首を振る。演奏中はご存じのとおり大きく顔を左右に振りながらの熱演である。クライバーンコンクールでの課題曲でもあり、曲を十分弾きこなしている、千回も万回も演奏した自信。 むしろオーケストラを引きずっていくほどの迫力を感じた。 チケット購入後、お母さんが書かれた子育ての記を読んだことを思い出し涙が出た。 絶大な拍手、アンコールはノクターン、それにNHKの取材で訪れたマジュルカ島で作曲したとい「風の家」!観客をひきつけるに充分であった。 彼は正面、上方、下方そして正面と丁寧に、深く、ゆっくりとお辞儀をした。4回出てきたので都合20回。 彼の支援者を遇する熱いもてなしの心が観客を魅了した。 技量、態度、親子で伝える気持ちがわれわれ素人にもひしひしと胸に迫まるものがあった。 評論家がなんと言おうとも立派だった。もう人寄せパンダなどではないだろう。 今後のご活躍を期待したい。 追伸、 同時に開催されたのでサガン鳥栖の応援に行けなかった。 帰ってすぐチェック。横浜マリノスに1-0で勝ち!それも攻めて攻め込んで もう全敗はない!と安堵した。 12月14日,千住真理子が鳥栖へやってきた。双眼鏡を持って出かけた。488席のホールは即日完売したそうな。 (ついでにいへば来年3月に開かれる辻井信行を迎えての九響定期演奏会はたったの1時間で完売したとか。1300席.もっとも会員の先行予約でA席は満杯) JR鳥栖駅から西へ一直線の新幹線鳥栖駅とのほぼ中間にあり、いずれも徒歩15分で立地は良好である。 彼女の聡明な演奏はもちろんだが、あのストラディヴァリ(1644-1737年)が製作したヴァイオリンが見たい・・・との思い・・・のが正直な気持であった。楽器のうち、特にヴァイオリンの完成度の高さは世界中で群を抜くとか。 ストラディヴァリウスと呼ばれる楽器は、ヴァイオリンに限っても数百本が確認されているそうだ。しかし、その中でも傑作と言われる楽器は十本程度に過ぎないといわれている。またその中の最高傑作の幻のヴァイオリインが見られる。デュランティ!の最初の所有者はローマ法王”クレメント14世”であった、300年のときを超え、数々の逸話を託し彼女の手元へやってきて。いま生で!すぐそこにある。 曲目は得意のG線上のアリアから始まって、人気の小曲を沢山、最後はツィゴネルワイゼン! 拍手が鳴りやまず3曲もアンコール演奏があった。 デュランティに出会えてのハッピーな気分であった。翌日彼女は地元の小学校を訪問したという。こころが和む。 映画1911を見に行った。100年(明治44年)に満州族による王国清を滅亡させた辛亥革命を扱った映画である。中国4千年の歴史の中で観ればキーポイントである。 孫文はわが国でも有名だし、彼に期待して出かけたが荒尾の宮崎とう天のことが一言出てきただけだった。 弾圧を受けた彼は日本などへ逃れ闘争資金集めに奔走する。後釜を託された軍人・黄興の戦争活劇物語である。世界的なスター・・・とも云えるジャキーチェインがこれを演ずる。 当然、ジャキーチェンに期待したが、しばらくぶりに観たかれも57歳。すっかり老けていた 出来ればもっと踏み込んだ内面のことがほしかった。 映画を見終わって考えたこと。 中国の若者たちはこの映画を見てどんな認識・理解することだろう。 一党独裁の現体制は民主主義からほど遠い。文化大革命を話題にするなどタブーだというし、若者たちはなにも民主化・思想統制のことなど考えも及ばないのだろうか?そんなことが永遠に続くことはないだろう。
6月26日、東日本大震災復興支援チャリテイコンサート・於福岡シンフォニーホル
いよいよ本番。懸念されて天候もやや持ち直した。 GP(ゲーペ)、11時。 過日、九響からGPのお知らせと言うのが届いた、ウン、ン?判らない! Generalprobe・・・ドイツ語で主にオペラなどの舞台用語だという。最後の練習で、本番通りに進行する。 15時開幕なのになんと11時集合。☜でも楽団員のゲネプロはもう始まっていた。出し物は5曲。我々は最後で16時30分ごろからたったの30分である。九響合唱団、九大、福岡教育大・・・で半数、われわれ鳥栖合唱団が80名。計160名。多いので男子の着替え室は無し。 九響合唱指導者の三浦氏より昨日のダメだしがある。さすがにプロで的確な指摘が多い。指導も懇切丁寧。一生懸命に歌わないいこと、合唱はハ~モニ~が命、聞き耳をたてること!などはほぼ前回と同じであった。正午過ぎから廊下に長時間並びゲネプロを待つ。 指揮者の飯森氏は長髪、若くてハンサム(実際は48歳・・こちらが古ぼけているだかこの6月に就任したばかりのコンサートマスター近藤薫氏も若く、理知的! あとはひたすら待つだけ。 東日本震災チャリテイだけにロビーはキレイ処が張り切って待ち受けている。もうみなさん、義捐金疲れしている感は否めない。どちらも大変だ。赤い羽根募金みたいに、一度ごとに羽根でもつけるか 着替えて第一部を後方で鑑賞。やはり久しぶりの本番のオーケストラはvery good!だ。 やっと4時。160余人が整列。粛々ととして待機する。背をぴんと張って舞台を上る。ソリストは3人が前回と同じだ。なんとなく心強い。こうして生涯3度目の九響をバックに合唱が始まった。オタマジャクシも読めない老いぼれがアクロスシンフォニーホールでがなるのだから、我ながらあきれてしまう。 鑑賞した家人によるとやはり舞台がいいからだろう・・・今までで一番良かったそうである 鬼才シラーが1785年、26歳で「苦悩を超えて歓喜へ」、「世界中の人々が兄弟になる」という詩を作った。恒久平和を願った。 1823年(江戸時代末期)、54歳の殆ど失明状態のベートーベンにより作曲されたという。 日本が世界一の第九合唱国であることは誇りである。 フィナーレは九響特別バージョン、ボレロ風編曲での「故郷」が聴衆も一緒になって歌われた。まあ凄かったこと。 我々田舎もんの出演を企画して頂いた九響専務理事 I 氏に感謝。 追記 帰りのバスで九響合唱団員で飯塚からという82歳のお方と同席した。いや~上には上がいるもんだとあきれた。9月の定期演奏会にもちゃんとエントリーされているそうだ。こちらはフリーだが九響は入団のためのオーヂションがあるのだから・・・・天と地。
6月25日、17時、鳥栖・第九合唱団員は貸切バス2台で、福岡・七隈の九響の練習場へと向かう。バス会社がケチって高速道路を回避し、薬院まで遠回りしたのでギリギリの18時50分、九響の殿堂末永ホールへ着く。今回が二度目でもう慣れたものである。
![]() ![]() 初回の時、驚いたのは駐車場の車がほとんど外車という現実であった。芸術を志す九響の人たちはほぼビンボーだろうナーと思っていたが、みな御曹司というのかそれとも高給取りと言うのか?ゼ~ンブ!ベンツとか・・・であった。ン~。現今の日本の芸術家達はリッチこの上ないということか! GE・・催しごとでの顔合わせは重要な儀式である。 何よりも指揮者との顔あわせ・・今回は細見だが鍛え上げた肉体美・Tシャツ姿・若手のホープ飯森範親氏。 リハ↓ 練習場風景 ![]() ![]() オーケストラについては結構ダメ出しが出た。注文が多かった。でもわれわれ合唱団には無視したというかあっさりと終えてしまった。われわれにとってはすべてであるが彼にとってはほんの四分の一でしかないのだろう。九州交響楽団、九州大学、福岡教育大学などを含めて160人余の歌い手が集まる。 「歌うという行為は、神が人間に与えてくださった最高の知的遊びだ」と言うひともいる。。 帰りは高速道路下を帰り、ちょっとだけ得をした。明日の講演に向けて心が引き締まる。
{九響 東日本大震災 復興支援チャリティーコンサート
6月26日(日)アクロス福岡シンフォニーホール 15.00} 指揮 飯森範親 山形交響楽団音楽監督 (収益は全額支援金となる) このたびわが鳥栖市民第九を歌う会が九響バックに再度福岡のステージに立つことになった。千載一遇とはこのことだろう。田舎もんが花の都のステージで声張り上げるなんてことがあるなんてとても信じられない。数ある福岡市内の合唱団を差し置いて白羽の矢が立てられたのだ。 九響当局者の温かいご指名にぜひ報いたい。 この3月、27日、鉄道の町 鳥栖では市主催で新幹線開通記念行事として九州交響楽団をお招きして第九を歌った。 ”老々(老若ではない 今回は、約半数を九響と福岡教育大学合唱団がジョイント。150名の大合唱団となる。 開催まで1週間に迫り、気分は本番モード。天才が作った曲は奥が深い。 チャリテイと銘打ったものの、当日はほかに音楽関係のイベントがたくさん重なりチケット販売で苦労しているそうな。(事務局談) あるいは寄付疲れというか、先日、義捐金の支給がまだ15%と聞いた人たちが怒ってしまったのが原因の一つとか?・・・それとも田舎の合唱団員奴ガ!と福岡の人が見くびったのかも 鳥栖の指揮者、堀氏はお世辞だろうが日本に30もある中で5指に入る 当日の演目ほか詳細は九響のHPで! エルガー/変奏曲「エニグマ(謎)」 」(演奏後にご起立の上黙祷) ショーソン/ヴァイオリンとオーケストラのための「詩曲」作品25 マスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 作品58 より 第1楽章 プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」より リューのアリア「お聞きください、王子様 以下 鳥栖新幹線記念第九の写真 ![]() ![]() ![]() 真ん中へんでは家族が識別する際、難しいだろうと最後列・アルトの女性の堺に位置取りして果敢に歌う。隣は可憐な女子大生であった 6月4日、キャナルシテイの劇団四季ウイキッドを見に行った。本場ブロードウェイで絶賛を受け空席ゼロの記録を6年間続け、いまも全米NO1の人気というから出かけた。はや3回も行き、台詞をほぼ諳んじたという孫に付き合って! いまネットの恩恵にあづかる。知性と教養が邪魔して Wikid・・・・悪い、邪悪な、不正な、不道徳な・・・ もともとホラーとか魔法とかたわいないおとぎ話には興味のない人間・・・である。中央のS席は女性ばかり。1列に男は一人ほどで・・つまり5%ほどが男性であった。 ![]() なんでアメリカ人はメルヘンとかミュージカルとかを好むのだろうか?なんで女性はおとぎ話を好むのだろうか? まあ一言でいうと、非現実、舞台が豪華絢爛と言うことであろうか。今回のウイキッどは非対称(アシンメトリー)の演出である。通常アンサンブルの踊り子は一様な衣装と振付を行うが、この作品は徹底してアシンメトリーで、衣装も振付も違った中でちゃんと統一されているというところに特徴があった。 主人公の二人も非対称、ブロンドの美わしいグリンダ、緑色の醜いエルファバ。同じシズ大学に入学する。もともとはオズの魔法使いの別編である。観客はファンタジーワールドへと誘導されていく。 それにしても豪華絢爛である。これだけの成熟した演出、舞台装置が揃うのもいかにもアメリカ絵巻である。 帰りに初めてJR博多シテイの空天食堂街へ行った。9時過ぎているのに人気店はまだ行列をなしていた。うまかもんは並んで食べた方がおいしいのかもしれない。 人が観に行くから観たい!、人が食べるから食べたい!
今、オペラが静かなブームだそうである。なんでだか判らない。
前回、椿姫と高級娼婦のことを書いたついでにドンジョバンニとイタリアの粋な男たち・・ドンファンのことに触れてみたい。 あの天才、モーツアルトが精力絶倫のオペラ「ドン・ジョバンニ」を作った。 当時この作品は(1783年)、プラハで初演された。いまでもプラハではそのことを誇りとして一年中上演されている。10年ほど前にそのプラハに行ったときに観る機会を得た。字幕なしだったが結構笑へた。 この主人公の女遍歴について下僕(しもべ)が語る有名なカタログの歌というのがある。 「♪ さてさて皆さん!、わがご主人は女ならだれでも良いヨ!13歳から老女までやった」「イタリアでは640人、ドイツでは231人、ここスペインでは何と1003人だヨ。」と有名な「ページの歌」を歌う。この歌からドンファンという言葉が生まれたそうな。 ネパールのゴキョウピーク(5100m)という山に登った時、イタリアの女性たちと一緒になった。なんと頂上で「アイ・ラヴ、オペラ!」「アイ・ライク、ドンジョバンニ!」とやったらみんなやんやの拍手喝采をしてくれた。日本から来た白髪の助平?それとも文化度の高い?老人のジョークを笑顔で迎えた。(もっとも当方ははまだ青春のつもり・・・である わが敬愛するシモネッタの女王セクハラをしないのがむしろセクハラと言わんばかりに女性を口説く・・・と。男たちは幾つになっても、なべておしゃれで、色気を保ち、常にレデイファ-ストを守り、女性族ににアピールしようと努める。 ☜「シモネッタのイ本能三昧タリア紀行 講談社刊」 かの世界的なミラノのプレイボーイ「カサノヴァは「男がどうしてもものにできないほど貞操賢固な女はこの世にいない!」と豪語。身分も国籍も年齢も問わず、これは!と思ったら誰とでも片っ端から寝たという。 イタリアでは、子供たちが遊んでいる公園のベンチとか、街の真ん中・真昼間に高級車のボンネットで堂々とことに及んでいるカップルを観るのは日常茶飯事というから驚きである。 ともかくいまでも四六時中イタリアの男たちは女を観たら口説こうと構えているそうな。イタリア語にはセックスするとかフェラチオするとか言う動詞が星の数ほどあるという。日本語はまったくのボキャ貧である。あっても、ぼぼとか尺八などととても下品で、色気など全くナシで使えたものではない(/_;) 一般的に日本の男はだらしがない。草食系といわれて久しい。セックスの年間回数統計によると(どうしてこんなことまで調べるのか トップのギリシャ、フランス、ロシアなどの三分の一でたったの年平均45回である。仕事に疲れ、深夜テレビを見、会話もないのか?それとも相方へのセックスアピールが少ないのだろうか?どっちもどっちだろうが・・・。 日本の男たちよ!ちゃんと胸を張り、背筋を伸ばして歩き、ちょっとダケおしゃれをし、女性を口説いたらどうかと思うが・・・。 世界最低の出生率をなんとかすべきだ。 ついでに渡辺淳一センセーが言われる婚外恋愛も尊重されるべきだろう!異性を互いに尊敬、敬愛せねばならない。 動物はすべてそうである。子々孫々の維持をめざし、真剣に相手を探し、交合を行う。 電気を消して Boy's be Sex!
読者諸兄姉のみなさん!世界で一番上映されるオペラ」と言われる「椿姫」をご存じだろうか?オペラは見たことは無いという方でも冒頭の「乾杯の歌」はお聞きになったことがある筈?・・・(聞いたことないとは言わせません
超メジャーなオペラ作家ヴェルデイの代表作・初演1853年。150年の時を隔てても愛される傑作。主人公はパリの一流の高級娼婦・ヴィオレッタの♪ほんとの恋の悲恋物語 このオペラを見るたびに興味深々の小生はパリの高級娼婦たちとは一体全体どんな暮らしをしていたのか・・・といつも気になっていた。 19世紀、フランスの文豪、ゾラ、モーオアッサン、ブルースト、などはその娼婦たちと深いかかわりを持っていた。このほど、鹿島茂著「パリが愛した娼婦」(角川学芸出版)を読む機会があった。せっかく読んだのでちょっとだけあなたにも紹介しよう。なんとトーダイ・仏文卒の教授がパリの暗闇を案内してくれるのだ。なんと言っても”花の都パリ”、資本主義が高度化していくパリには男があつまり、当然のごとく田舎から女が集まってくる。みなお針子などをしながら街角に立ち、娼婦として体を鬻ぐ。 ちょっと興味本位になるが当時のショートは一回、2625円。なんと15分。平均一晩20~30人の客を取った。80人という猛女もいたとか。性病蔓延の防止に警察の風俗取り締まりは厳しく、公娼の「メゾンク・ローズ」(公認の娼館、日本の女郎屋)・・・に入れる。当然、ヒモや女衒が存在した。 その中で才能に恵まれた女性は金満家、パトロンなどを見つけ、私娼となり大金を貢がせて自分の館を持つ。 同棲生活の間、知識と教養を身に着け高級娼婦となっていく。連夜、娼婦宅で舞踏会が開かれる。 以下エミール・ゾラが書いた小説、高級娼婦でのナナの生活ぶり。 馬車5台[3億円)、一か月の支払い、生活費千二百万、帽子屋2千万円、レース掛2千万円、帽子屋2千万円、下着屋5千万円、靴屋2千万円など 社交界に乗り出し、美貌と教養でまたパトロンが増える。 自由をゲットした高級娼婦というのは一面、ホントの恋にあこがれる。「椿姫」の主人公ヴィオレッタも田舎から出てきた純情な青年、アルフレッドに恋をする、息子を淫売女から救い出すべく父親が田舎から出てくる。二人はいったん判れる。 肺病に侵されたヴィオレッタは死に際にやっと結婚の許しを受ける。巡り合った二人の抱擁。息絶え絶えに不条理を歌う「パリを離れて」。呪いながらの最後の歌はは見る人の涙をそそる。! なお椿姫(La traviata)の直訳は「さまよえる人」である。娼婦が男をあちこちさまよったからでもあろうか? 蛇足 フランスで売春禁止法が施行されたのは1946年、マルト・リシャールという元娼婦、奇遇な運命。二人の莫大な遺産を相続。成功をおさめ勝ち組となり果ては議員となり法案を制定した。 日本では1958年、時のひと、管首相の師匠 ともあれ、人類の歴史上、女性の解放と尊厳は第二次大戦を待って、仏、日の法改正を待って成し遂げられたことは間違いないだろう。 span style="color:rgb(255,0,0);">乾杯の歌」をお聞き遊ばせ!歌うは棋界第一のパバロッテイ! < 前のページ次のページ >
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