17年4月20日
鈴木神社をへて狭い44号線を通り富岡城に行く。 以前と違いお城が新しく建てられていた。 半島の北西突端にあり、天草の乱の後平定され、唐津藩の出城となった。 よくもまあ諸藩を飛び越えて唐津の飛び領となったものだ。 そういえば造りは呼子の名護屋城址とそっくりである。↓ 前回来たときはやはり2泊した。観光地はもちろん回ったが九州百名山を上るのが目的であった。 この狭い地にも上島に倉岳(682m)があり登山を兼ねてやってきた。この会は文学志向者が多く五足の靴文学の碑見学は欠かせないものであった。 牛深も是非にということで行った。ここの野外音楽堂でみんなで第九を歌った日を昨日のように覚えている。 今回は話題にもならなかった。 なにしろお年寄りばかりである(/_;) 教会を二つ回る。 修道女の人は長崎から単身赴任で(もちろん独身だろうが・・・) もう6年にもなるとか。 東京からの客ということで内部が撮影OKとなった。 まあ減るものでもないし・・・といつも思う。 (観光絵葉書の販売促進のためと言われるが・・・) 禁止することは盗撮者という犯罪者を増やすことになるだろうに!! おかげで内部もパチリ! 2日間レストランでの食事代は高かった。2~3千円である。 簡単な昼食を常としている者にとってはぼったくられた感がした。 東京の人たちは不知火柑など4千円の箱入りを買いまとめて宅急便でドンドン送る(@_@) 我々は殆ど登山のため,山旅オンリーだったのでグループ全体が質素であり、買い食いなど一切しない人ばかりであった。ちょっとしたカルチャーショックであった。 蟹マーク! この地はエビ、カニ、アワビ、ウニなどが特産である。 翌朝もやはり早く起きて漁村、、海水浴場、島の突端、7時まで待って威勢のいい魚市場のセリ市などを見て回った。 なんでも見てやろう! 毎度おかげさまで・・・人様よりより多く見分をめぐらすのが常である。 来年もみなそろって元気での旅行ができるだろうか。
by nandemo29
| 2017-05-03 13:51
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